農業分野におけるバイオプラスチック利用:環境影響と課題をQ&Aで解説
【質問1】農業用マルチフィルムなどにバイオプラスチックが使われていると聞きます。従来のプラスチック製品と比べて、環境負荷は本当に小さいのでしょうか?
従来の石油由来プラスチック製の農業用資材、特にマルチフィルムなどは、収穫後に回収・処分する必要があり、その処理方法によっては環境負荷が発生します。バイオプラスチック製の農業用資材の導入は、こうした負荷を低減する可能性を秘めているとして注目されています。しかし、環境負荷の評価は複雑であり、単に「バイオプラスチックだから環境に良い」と判断することはできません。
【回答】 バイオプラスチックの環境負荷を評価する際には、原料の調達から製造、使用、廃棄・処理に至るライフサイクル全体を考慮する必要があります。
- 原料調達・製造段階: バイオプラスチックの原料が植物由来の場合、その栽培には土地利用、水使用、肥料や農薬の使用、収穫・輸送に伴うエネルギー消費などが伴います。これらの工程は、適切に行われなければ環境負荷の原因となり得ます。製造プロセスにおけるエネルギー消費や排出物も考慮が必要です。従来の石油由来プラスチックと比較して、この段階での環境負荷が必ずしも小さいとは限りません。カーボンニュートラル性についても、原料植物の生育過程で吸収したCO2と、製造・輸送・廃棄過程で排出されるCO2のバランスをライフサイクル全体で評価する必要があります。
- 使用段階: 農業用マルチフィルムとしての機能性は、従来のプラスチックと同等レベルが求められます。耐久性や保温性、雑草抑制効果などが十分でない場合、作物の生育に影響を与えたり、使用期間が短くなったりすることで、結果的に環境負荷が増加する可能性も考えられます。
- 廃棄・処理段階: ここがバイオプラスチック製農業資材の大きな利点とされる点です。特定のバイオプラスチックは、使用後に圃場にそのまま鋤き込むことで、土壌中の微生物によって分解される設計がされています。これにより、従来のマルチフィルムのように回収・洗浄・処理(焼却や埋め立て)する手間とコスト、それに伴う環境負荷(CO2排出、埋め立て地の確保など)を削減できる可能性があります。ただし、分解性のあるバイオプラスチックであっても、分解には適切な温度や湿度、微生物の存在といった条件が必要です。また、分解性のないバイオプラスチック(原料が植物由来でも分解しないタイプ)も農業用資材として利用される場合があり、その場合は従来のプラスチックと同様の処理が必要です。
結論として、バイオプラスチック製農業用資材の環境負荷は、製品の種類(分解性、非分解性)、原料の種類、製造プロセス、そして使用後の処理方法(特に分解性の有無と分解条件)によって大きく異なります。ライフサイクル全体での評価に基づき、従来のプラスチックと比較して総合的な環境負荷低減が期待できる製品を選択し、適切に使用・処理することが重要です。一概に「バイオプラスチックだから」と判断せず、製品の仕様や認証、推奨される処理方法を確認することが求められます。
【質問2】農業用バイオプラスチックは、使用後に土壌中で自然に分解されるのでしょうか?撤去や処理が不要になるケースはありますか?
農業用マルチフィルムなどのバイオプラスチック製品について、「土に還る」というイメージを持っている方もいらっしゃるかもしれません。使用後に回収せず、そのまま圃場に鋤き込めるのであれば、作業負担や処分費用が軽減され、環境負荷も低減されることが期待できます。しかし、全てのバイオプラスチックが土壌中で容易に分解されるわけではありません。
【回答】 農業用バイオプラスチックが使用後に土壌中で分解されるかどうかは、その製品の「生分解性」の有無と、分解のための環境条件に依存します。
- 生分解性の種類: バイオプラスチックには、原料が植物由来であるものの生分解性を持たないタイプ(例:バイオPE, バイオPETなど)と、原料に関わらず特定の環境下で微生物によって分解される生分解性を持つタイプ(例:PLA, PBAT, PCLなど)があります。農業用資材として「使用後に土壌中で分解されること」を意図して開発されているのは、後者の生分解性を持つバイオプラスチック、中でも「土壌生分解性」を持つとされる製品です。
- 土壌生分解性の条件: 「土壌生分解性」とは、土壌中の微生物の作用により、特定の条件下(温度、湿度、微生物の種類や量など)で最終的に水と二酸化炭素(またはメタン)に分解される性質を指します。農業用マルチフィルムとして利用される製品で、使用後に圃場に鋤き込むことを想定しているものは、この土壌生分解性の基準(例えば、国際規格ISO 17556や各国・地域の規格)を満たすように設計されています。しかし、圃場での実際の分解速度は、その土地の土壌の種類、温度、湿度、微生物活性などの自然条件によって大きく変動します。規格で定められた条件下で分解が進むとしても、実際の畑地で期待通りの速さで完全に分解されるとは限りません。
- 撤去・処理の必要性: 土壌生分解性の認証を取得している製品であっても、使用後は細かく破砕して土壌に均一に鋤き込むなど、適切な処理を行うことが推奨されます。大きな塊のまま残ったり、分解が遅れたりすると、次作の栽培に支障をきたす可能性があります。したがって、必ずしも「撤去や処理が全く不要になる」わけではなく、使用後の圃場への適切な鋤き込み作業が必要となるケースが一般的です。また、生分解性を持たないバイオプラスチック製農業資材は、従来の石油由来プラスチックと同様に回収し、適切に処分する必要があります。
結論として、農業用バイオプラスチック製品が生分解性を持つかどうか、そして土壌中で適切に分解されるかどうかは、製品の素材、認証、そして実際の使用環境に依存します。使用後の処理について「鋤き込み可」などの表示がある製品は土壌生分解性を持つ可能性が高いですが、それでも完全に自然任せにするのではなく、推奨される処理方法に従うことが重要です。製品選択時には、生分解性の種類や認証、推奨される使用後の処理方法を十分に確認する必要があります。
【質問3】農業用バイオプラスチックを使用した場合、マイクロプラスチック問題の発生を防ぐことができるのでしょうか?
従来の石油由来プラスチック製の農業用マルチフィルムなどは、劣化したり破砕されたりして回収されずに土壌中に残存すると、マイクロプラスチックとなり、土壌汚染や生態系への影響が懸念されています。バイオプラスチックの導入は、このマイクロプラスチック問題への有効な対策となりうるのか、という疑問があります。
【回答】 生分解性を持つバイオプラスチックは、適切に分解されることで最終的に水や二酸化炭素などの無機物に変化するため、マイクロプラスチックとして環境中に長期残留するリスクを低減する可能性を秘めています。しかし、ここでも「どのようなバイオプラスチックか」「どのような環境下で使用・処理されたか」が重要になります。
- 生分解性の役割: 土壌生分解性を有するバイオプラスチック製品は、土壌中の微生物によって分解される過程で、分子レベルまで小さくなり、最終的には環境中に元から存在する物質に戻ります。このプロセスが完全に進行すれば、従来のプラスチックのように数百年、数千年と形を残し続け、細分化されてマイクロプラスチックとして蓄積する、という状況を回避できます。
- 分解されない場合のリスク: 生分解性を持たないバイオプラスチック(バイオPE, バイオPETなど)は、従来のプラスチックと同様に環境中で分解されません。これらが細かく破砕されれば、マイクロプラスチックとなります。また、生分解性を持つバイオプラスチックであっても、土壌の温度、湿度、微生物の状態などの環境条件が不十分であったり、製品が厚すぎたりすると、分解が遅延したり、完全に分解されずに破片として土壌中に残存したりする可能性があります。この残存物がマイクロプラスチックとなり得るか、あるいはマイクロプラスチックを経て最終的に分解されるのか、といった点は研究が進められている分野です。現状では、不適切な条件下では生分解性バイオプラスチック由来の破片も懸念となり得ると考えられています。
- 認証と推奨される使用方法: 土壌生分解性の認証は、特定の条件下での分解性を示すものであり、あらゆる自然環境下での完全かつ迅速な分解を保証するものではありません。したがって、マイクロプラスチック問題の抑制を期待するには、認証された製品を選ぶだけでなく、メーカーが推奨する使用方法(例えば、使用期間、使用後の鋤き込み方法や深さなど)を遵守し、製品が効率的に分解されるような環境を可能な限り整えることが重要です。
結論として、土壌生分解性を持つバイオプラスチック製農業資材は、適切に使用・処理され、分解条件が整えば、マイクロプラスチック問題の発生リスクを低減する有効な手段となり得ます。しかし、製品の種類の違いや使用環境によっては分解が遅れたり、完全に分解されなかったりするリスクも存在します。製品の選択とその後の適切な管理が、マイクロプラスチック問題への対策として非常に重要になります。
【質問4】農業分野でバイオプラスチックを導入する際の課題や注意点はありますか?
環境負荷低減や作業効率化の観点から、農業分野でのバイオプラスチック導入に関心を持つ農業従事者や関係者は増えています。しかし、普及にはいくつかの課題があり、導入にあたっては注意すべき点があります。
【回答】 農業分野におけるバイオプラスチックの導入・普及には、以下のような課題や注意点が挙げられます。
- コスト: 一般的に、生分解性バイオプラスチック製農業資材は、従来の石油由来プラスチック製資材に比べて価格が高い傾向にあります。これは、原料コスト、製造技術、生産量などが影響しています。この価格差が、農業従事者が導入をためらう大きな要因の一つとなっています。
- 性能: 従来のプラスチックと同等以上の機能性(強度、耐候性、保温性、雑草抑制効果など)が求められます。製品によっては、特定の性能が従来のプラスチックに劣る場合や、使用期間が限定される場合があります。期待される効果が得られない場合、結果的に追加の資材や作業が必要となり、経済的・環境的なメリットが損なわれる可能性があります。
- 分解性の確実性: 製品の土壌生分解性が認証されていても、実際の圃場環境(土壌の種類、温度、湿度、微生物の活性など)は多様であり、常に規格通りの条件が満たされるとは限りません。分解が遅延したり不完全であったりする場合、圃場に残存し、次作の栽培に支障をきたしたり、マイクロプラスチック懸念につながったりする可能性があります。
- 情報の不足と理解: 農業従事者や関係者に対し、バイオプラスチックの種類ごとの特性(生分解性の有無、分解条件、推奨される使用方法や処理方法)に関する正確な情報が十分に届いていない場合があります。「バイオプラスチック=土に還る」という単純な理解に基づき、適切でない製品を選んだり、不適切な方法で使用・処理したりすることで、期待外れの結果となったり、かえって新たな問題を生じさせたりするリスクがあります。
- 認証制度の理解: 製品に付与されている認証マークが何を意味するのか(例:原料のバイオマス度のみを示すのか、特定の環境下での生分解性を示すのかなど)を正確に理解することが重要です。
- 廃棄・処理インフラ: 生分解性を持たないバイオプラスチックや、分解が不十分で回収が必要になった生分解性バイオプラスチックについて、地域における適切な回収・リサイクル・処理体制が整備されていない場合もあります。
これらの課題に対し、メーカーによる製品性能の向上とコスト削減努力、国や自治体による導入支援策(補助金など)、そして関係機関による正確な情報提供と啓発活動が求められています。農業従事者の方々がバイオプラスチックを導入する際には、製品の仕様、認証、推奨される使用方法・処理方法を十分に確認し、地域の環境条件や栽培体系に適した製品を選択することが非常に重要です。