「海洋生分解性」表示のバイオプラスチック、本当に海で分解される?
なぜこの疑問が生じるのか
海洋プラスチックごみによる環境汚染は、世界的に深刻な問題として認識されています。このような背景から、海洋環境でも分解されるとされる「海洋生分解性バイオプラスチック」への期待が高まっています。しかし、「海洋生分解性」という言葉が持つ印象と、実際の環境下での分解性には乖離があるのではないか、本当に海洋プラスチック問題の有効な解決策となるのか、といった疑問や懸念が生じることがあります。ここでは、海洋生分解性バイオプラスチックについて、科学的な視点からその実態を解説します。
【質問】
「海洋生分解性」と表示されているバイオプラスチックは、海に流出しても本当に環境負荷なく完全に分解されるのでしょうか。
【回答】
「海洋生分解性」と表示されているバイオプラスチックは、特定の条件下で微生物によって分解される性質を持っています。しかし、その表示が、あらゆる海洋環境で迅速かつ完全に分解されることを保証するものではないという理解が重要です。
まず、「生分解性」とは、微生物の働きによって物質が水や二酸化炭素などの低分子化合物に分解される性質を指します。この分解速度は、環境条件(温度、湿度、微生物の種類や量など)によって大きく変動します。土壌中、コンポスト環境、河川水中、そして海洋環境では、存在する微生物の種類や温度、塩分濃度などが異なるため、同じ生分解性プラスチックでも分解速度は異なります。
「海洋生分解性」に関する評価は、国際標準化機構(ISO)や米国試験材料協会(ASTM)などの規格に基づき、一定の試験条件下で行われます。これらの試験は、例えば特定の温度(例:20℃台)や塩分濃度の人工海水中で、特定の種類の微生物が存在する環境下でプラスチックがどの程度分解されるかを評価するものです。これにより、「海洋環境下での生分解性を有する」と評価されます。
しかし、実際の海洋環境は非常に多様で複雑です。深海、浅瀬、極地、熱帯など、場所によって水温、塩分濃度、水圧、潮流、紫外線量、そして微生物の種類や量が大きく異なります。また、プラスチックが漂流するのか、海底に沈むのか、海岸に打ち上げられるのかといった状態によっても、分解が進行する環境条件は変化します。試験基準で定められた環境は、実際の海洋環境の多様性のごく一部をシミュレートしているに過ぎません。したがって、試験で高い生分解性が確認されたとしても、実際の海中環境全てにおいて、短期間で環境負荷なく完全に分解されるとは限らないのです。
特に、低温環境や微生物が少ない環境、あるいは塊状になったプラスチックの内部などでは、分解は非常に遅くなる可能性があります。分解が不完全なまま微細な破片(マイクロプラスチック)となるリスクも指摘されています。
このため、「海洋生分解性」という表示が、ポイ捨てを容認したり、海洋プラスチック問題の根本的な解決策であるかのような誤解を生む可能性があります。海洋プラスチック問題の最も重要な対策は、プラスチックごみの「発生抑制」と、流出したプラスチックを「回収」し、適切に「処理」することです。海洋生分解性プラスチックは、例えば漁具など、意図せず海洋に流出し、回収が困難な特定の用途において、環境負荷低減の一助となる可能性はありますが、万能な解決策として過度な期待を寄せるべきではありません。
消費者の立場としては、「海洋生分解性」と表示された製品であっても、安易に自然環境に投棄せず、地域の分別ルールに従って適切に廃棄することが重要です。また、企業や自治体は、表示の適切な管理や、正確な情報提供に努めることが求められます。
まとめ
「海洋生分解性」バイオプラスチックは、微生物の働きにより海中で分解される性質を持つものとして開発されていますが、その分解速度や程度は実際の海洋環境によって大きく異なります。特定の試験基準を満たしていることは、あらゆる海で迅速に分解されることを意味するものではありません。海洋プラスチック問題の解決には、発生抑制、回収、適切な処理が不可欠であり、海洋生分解性プラスチックはその対策の一つとして、限定的な用途において有効性を発揮する可能性を持つ技術として理解すべきです。